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1996年初演以来、五大路子のライフワークとして演じ続けて15年目。 ドラマのモデル「ヨコハマ・メリー」さんに寄せる思い。
かつて横浜に「メリーさん」と呼ばれる伝説の娼婦がいました。顔を真っ白に塗り、白いドレス、白いパラソル、そして赤い靴…私がメリーさんに出会ったのは平成3年の港祭りでした。
腰は曲がり、白塗り、そして顔のアイラインは歌舞伎の隈取りの様。…凛とした眼差しは、まるで「あなた!あたしをどう思うの?あたしの生きてきた人生を!どう思うの?答えてちょうだい!」と襟首をつかまれたような思いに包まれ、私は彼女の足跡を自分の足で追いかけ取材を始めたのでした。
脚本をお願いしていた杉山義法先生(2004年8月逝去)が、「僕は横浜の、いや、日本の戦後史として彼女の人生を書こう」と、この取材記録を受け取ってくださいました。そして平成8年4月、三越劇場で五大路子ひとり芝居「横浜ローザ」が幕をあけました。
2006年1月、映画『ヨコハマメリー』の中村高寛監督から「メリーさんは、実は一昨年の1月17日に心臓発作で亡くなられています。84歳でした。」と知らされ、ショックで言葉も出ませんでした。生きていらっしゃるうちに、せめて一度、この舞台を観ていただき、戦争を知らないこの私がやり続けていいのかどうか、一言でもお聞きしたかった…。
それも出来なくなった今、改めて「横浜ローザ」の歩んだ道の一つ一つを丁寧に刻み続けたいと願っております。今年の終戦記念日にもまた、メリーさんへの追悼の思いを込めて、そして新たなるローザの命が生まれるよう祈りを込めて上演したいと思います。
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