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メリーさんへの道
メリーさんを探し始めて17年目、「横浜ローザ」を演じ続けて13年目の今年、私は3年前にこの世を去ったメリーさんにどうしても会いたくなり、あまりにも情報が少ないので、無謀だとは思ったが、この7月、彼女の生まれ故郷をそっと訪ねてみることにした。 まずは、彼女が横浜を去ってから約6年間を過ごした老人ホームを訪ねた。 メリーさんにとっては、そこでの共同生活はちょっと苦手だったようで、当初は「横浜に帰りたい、帰りたい」とよく言っていたそうだ。 だが、そこはメリーさん。詩吟や日舞、書道などを習い、職員の窓拭きの手伝いも率先してやっていたと言う。ただ、私には彼女の部屋へと続く階段が、腰の曲がった彼女が歩いてきた人生の険しさを感じさせ、胸が痛みました。 そして私は、ホームを去り際に職員の方が言われた『彼女は異性を怖がっていた。特に大きな人を・・・』「なぜ?」の疑問を心の中で反芻しながら、次は、彼女のお墓を探して、炎天下の中、多分あるであろうと、生家の裏山を歩いた。雄大な山々を仰ぎ、とうとうと流れる川を眼下に眺め、二時間ほどさまよった。・・・そして、ついに彼女のお墓にたどり着いたのです。涙が溢れて止まらなかった。 それから、私は彼女の好きだったという京都・泉涌寺の楊貴妃観音の写真と共に、ローザのチラシを墓前に供え、手を合わせた。 彼女はもういない。誰もその人生の真実を知る事はもう出来ない。彼女の青春を真っ二つに切り裂いた戦争。「私ら、時代に使い捨てにされてたまるもんですか!」友人の元次郎さんが呟いた言葉が頭を過ぎった。 大正、昭和、平成を生き抜き、実在した一人の女性の魂は、今は、黙して何も語らない。しかし「横浜ローザ」は、その時代に生きた何十万という人々の想いを乗せ、更に新しい命となって、平成の今を、この街を、この国を、この地球をじっと見据えて生き続けさせなければならないと思う。 私の、終わり無い、メリーさん探しの旅は、観客の皆様と共に続いてゆくのでしょう。これからも・・・ そう願う、2008年の夏です。
★★「公演情報」ページの舞台写真と会場アンケートも是非ご覧ください★★ |
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